紅葉狩(momijigari)


能「紅葉狩もみじがり」から、戸隠山の鬼神達です



場所:信濃国 戸隠山とがくしやま(現在の長野県長野市)

季節:晩秋

登場人物

前シテ 貴婦人(鬼神きしんの化身)   後シテ 鬼神

ワキ 平維茂たいらのこれもち

ツレ  侍女(鬼神の化身)  ワキツレ 平維茂の家臣

あらすじ

信濃国戸隠山は紅葉の盛り。

平維茂が鹿狩りの途上晩秋の戸隠山に分け入って行くと、紅葉の下で酒宴に興じる婦人と侍女たちの一行に行き逢う。

維茂は酒宴を妨げぬよう静かに通り過ぎようとするが、気づいた女たちに「是非ご一緒に」と誘われるまま、宴に加わる。

高貴な風情の女はこの世の者とは思えぬ美しさ。
酒を勧められ、つい気を許した維茂は酔いつぶれ眠ってしまった。
婦人はその様子を見届けると、姿を消してしまう。

その頃、八幡大菩薩の眷属、武内たけのうちの神が戸隠山への道を急いでいた。
維茂の夢に現れた武内神は、先刻の女は鬼神の化身だと教え、維茂に八幡大菩薩から下された神剣を授ける。

維茂が目を覚ますと、辺りは異様な雰囲気に包まれていた。
やがて鬼神が正体を現し、維茂に迫る。
その形相は先刻の美貌とは似ても似つかぬ恐ろしいもの。

鬼神は光る眼を剥いて立ちはだかると、炎を吐いて火焔を降らし、維茂に迫る。
しかし維茂は神刀を以てこれに対抗すると、遂に鬼神を討ち取るのだった。


平維茂と鬼女伝説


平維茂たいらのこれもちは、平安時代中期の武将です。


平兼忠の子として誕生し、平貞盛の養子となります。
(貞盛は甥や甥の子を集めて養子となし、武士団を構成していた)
平貞盛の15男として養子に入った為、余五(よご)将軍とよばれたそうです。

能のあらすじについては特に難しい場面も見られないので説明は省きますが、
維茂が関係する伝説で「紅葉伝説」というものがあり、その伝説が基となって話が構成されているようです。

月岡芳年「平維茂戸隠山に悪鬼を退治す図」

鬼女紅葉伝説きじょもみじでんせつ
https://kinasa.jp/kijomomiji/
(鬼無里観光振興会HP)

長野県の戸隠とがくし鬼無里きなさ別所温泉などに伝わる鬼女にまつわる伝説で、勅命を受けた平維茂が八幡大菩薩より授かった破邪の刀で鬼女・紅葉もみじと戦い、これを討ち取るという話。

鬼無里とは、「鬼が無い里」という意味で、維茂が紅葉を討伐した事からそう呼ばれるようになったそうです。

戸隠神社のHPでもこの伝説について書かれています。
https://www.togakushi-jinja.jp/

また、鬼女の紅葉を偲んで、

鬼女紅葉供養祭神事
鬼女もみじ祭り

などの供養祭が今も行われているそうです。


神事と書いてあるので気になって調べてみると、能舞台があるそうで謡曲(素謡や仕舞)や神楽などを奉納しているとの事。

また、この伝説を基にした謡曲は能だけではなく、歌舞伎や浄瑠璃にも演目があります。


紅葉狩り

紅葉狩もみじがり」とは、紅葉で色付いたもみじを眺めて楽しむことを指します。

私達の世代ではあまり使う言葉ではないので、聞いた事の無い方もいらっしゃるのでは無いでしょうか??

私は能の習い始めにこの言葉を知り、意味はなんとなく掴めましたが、どうして「狩」なんだろうと不思議に思いました。
維茂も鹿狩りに最初出かけていますが、どうしても狩りと聞くと生き物を狩るイメージになってしまいますよね。

紅葉狩りに関する歌は万葉集でも登場します。

奈良時代にも紅葉は鑑賞されていたようですが、桜や梅の花のように屋敷内で手軽に見られる物では無く、野山に出かけていく必要がありました。
その為に貴族の間などでしか親しまれておらず、本格的に庶民にも紅葉の鑑賞が広まったのは江戸時代になってからだそうです。

今の見て楽しむ方法とは違い、昔の人々は実際に紅葉の枝を手折って鑑賞をしたそうで、そこから「狩り」とついたという説もあると書いてありました。とても風流ですね~

また、万葉集の中では「紅葉もみじ」とはほとんど詠まれず、「黄葉(もみじ、もみじば)」という漢字をあてて使われていたようです。

昔の人は葉が紅く色づく様子よりも、黄色く色づくことが美しいと感じたのでしょうか??


能での演出


今回は「鬼揃(おにぞろえ)」という小書こがきから描きました。

「小書」は楊貴妃の時にも説明したかもしれませんが、能の特殊演出の事です。

舞台には台の上に山を現した少し高めの作り物(黒幕で覆われている)が置かれ、上には紅葉が付いています。

般若面で赤頭や黒頭の鬼女姿で登場するのは「鬼揃」という小書の場合で、
通常の演出では土蜘蛛のような「顰(しかみ)」の面を付けた男鬼が登場します。

前半は貴婦人の姿でぞろぞろと登場するのに、後半は男の姿で現れるのが不思議なところです。

流派によってこの小書があったり無かったりと分かれるようですが、やはり鬼女姿のほうが見ていてしっくりくるような感じも受けます。

前半は高貴な貴婦人の姿で、後半では赤い髪をした鬼女がワキの平維茂と舞台に所狭しと並ぶので(6人程?)、舞台はとても華やかです。

話が進む中で場面も良く変わり、貴婦人が舞う場面、鬼へと姿を変え雰囲気も一変するところなど、見どころも多い演目です。


装束について


左側に描かれている女性が前シテ真ん中の鬼女が後シテになります。

他の2人の鬼女はツレの侍女が鬼女になった役です。

前シテの女性は高貴な貴婦人の役とされているので、出で立ちも唐織を身に着けとても豪華です。
しかし、唐織の中には鬼女の身に着ける摺箔を着ているので人間では無い事がわかります。

面は「万媚まんび」といいます。
いつも登場する小面や増女などの女性面と比べ、艶っぽい色気のある女性を表現しているそうです。
目元は大きく、口元は笑みの形を作り、媚びるという印象を含むところからこの名がついています。

平維茂も篭絡させられてしまう程の美しい女性を意識して描きました(笑)

右の三体は全て般若面で、

上には摺箔すりはくという装束を着けています。
三角形が連なったような模様は鱗形りんけいと呼ばれ、鬼である事を意味しています。鬼女の役によく用いられる柄です。

本当は白地に金の鱗形なのですが、
全て揃えてしまうと絵的に単調になってしまうので変えてあります。

下には「緋大口ひおおくち」という赤い袴を着けますが、この絵の中では長袴ながばかまにしています。

真ん中の鬼女が持っているのは「打杖うちづえ
右上の鬼は紅葉で作られた杖を持っていますが、意味は一緒かと思います。
紅葉だと華やかな印象になりますね。

この杖は妖力や神通力などを使う事を意味しています。

背景には色々な和柄を入れ、稲妻や鬼女の妖力などをイメージ、表現しています。
背景で紅葉の表現を抑えた代わりに、鬼女の中に紅葉が沢山隠れていますので探してみて下さい!


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