能「絵馬」より、天津神(天照大神)と天鈿女命(アメノウズメノミコト)です


登場人物
前シテ – 老翁
後シテ – 天照大神
前ツレ – 姥
後ツレ – 天鈿女命(アメノウズメノミコト)
後ツレ – 手力雄命(タヂカラオノミコト)
ワキ – 勅使
ワキツレ – 従者(臣下)2人
あらすじ
ある年の暮れ、時の帝の臣下が神への捧げものをするための勅使として伊勢神宮に派遣された。
斎宮に参拝して、大晦日の夜に斎宮絵馬という絵馬がかけられる行事があるので、それを見てから帰ろうと言い待っていた。
夜更けになると、老翁と姥が参拝しに来て絵馬を掛けようとする。
老翁は白馬の書かれた絵馬、姥は黒い馬が書かれた絵馬を持っている。
白い絵馬は晴れ、黒い絵馬は雨をそれぞれ占い、絵馬によって来年の恵みが分かるため、毎年どちらかがかけられるという。
二人は「白を掛けよう」「黒を掛けよう」と口論していたが、結局両方並べてかけた。
晴れと雨を両方かけることで、皆が楽しめ、五穀豊穣の世にすると願うことにしたのだ。
そして二人は、伊勢二柱の神に仕える神だと言いのこし、夜明けにまた会おうと言って姿を消した。
やがて勅使の前に天鈿女命と手力雄命が現れ、天照大神が宮から現れた。
三者は舞を舞いながら天岩戸隠れについて再現し、天下泰平、國土繫栄を願うのであった。
斎宮絵馬 (さいぐうのえま、いつきのみやえま)
この「絵馬」の話に関する事は勢陽雑記、伊勢参宮名所図絵(伊勢参宮の案内書寛政9年刊行(1797))に見られるそうです。
「斎宮絵馬」とは、三重県多気郡明和町の斎宮の絵馬堂で行われた陰暦大晦日の行事の事です。
大晦日に絵馬堂の絵馬を天照大神が掛け換えて明年の吉凶を占うという故事にならったもので、縁のある神社で「竹神社」という神社がその絵馬堂の場所にあります。
ここの神社内で謡曲「繪馬」の紹介がされている立札があります。
ここでの”大晦日”とは12月ではなく、節分の日を指します。
その為、能の中でも絵馬が掛けられる行事は節分の日の夜に行われたという事になります。
この絵馬堂では掛ける絵馬の毛の色で明年の晴雨を占ったそうで
黒い馬が描かれた絵馬は雨露の恵みを、
白い馬が描かれた絵馬は日照りを占います。
今回の絵の背景では、その絵馬を背景に描いてみました。
また別の話ですが、この竹神社の境内にはその昔、斎宮城というお城があったと言われており、石垣が今も残っているそうです。
また、「斎王」の社がこの地にあったという事でも知られています。
斎宮は「いつきのみや」とも呼ばれます。
斎王は、天皇に代わって伊勢神宮に仕えるため、天皇の代替りごとに皇族女性の中から選ばれて、都から伊勢に派遣されていました。
斎王に選ばれると、3年間ほど都で準備をしたのち、斎王群行と呼ばれる5泊6日の旅をして、斎宮へと行きます。
斎王制度は660年以上にわたって続き、60人以上の斎王が存在しました。
今でも地元では「斎王まつり」が行われているそうです。
詳しく知りたい方はこちらからどうぞ(斎王資料館)⇓
http://saioh.sub.jp/data/data.html
天の岩戸伝説

昔々、天照大神が、弟の素戔鳴尊の乱暴を怒って天の岩屋へお隠れになってしまわれました。
太陽の神である天照大神が隠れた途端、
空は暗闇に包まれ、悪いことが次々に起こり出しました。
困り果てた八百万の神々は、天照大神に岩屋から御出でになっていただくにはどうしたらいいだろうかと、相談をしました。
神々たちは知恵を絞り、「天の岩戸の前で踊ったり歌ったりして楽しそうにしていると気になって岩屋の外をお覗きになるのでは」と考えます。
天鈿女命は踊り、他の神は長鳴鶏の鳴き声を真似たりと、
そうするうちに天鈿女命の踊りにつられて他の神々も踊りだしたりしました。
賑やかな外の様子が気になられた天照大神はそっと岩戸を押し開きます。すると待ち構えていた手力雄命が岩戸に手をかけ、凄い力であけてしまうのでした。
そうして世の中は再び明るくなり、悪い神々は逃げ去るのでした。
その時に手力雄命はまた天照大神に入られてはいけないと、岩戸を持ち上げ下界に投げ落とします。
この投げられた岩戸は信濃国「戸隠山」であると言い伝えられています。
宮崎県高千穂町
⇓天の岩戸隠れの地として神楽などと共に紹介されています
https://www.furusato-pr.jp/list/miyazaki/
天照大御神(あまてらすおおみかみ)
日本神話に主神として登場し、八百万の神々で最高位に位置している神。太陽神。
女神と解釈されるが、古代では男神として祀られていた。
現在は、伊勢神宮の内宮を代表として全国に祀られている。
天鈿女命(アメノウズメノミコト)
芸能の女神。日本最古の踊り子。
神名の「ウズメ」の解釈には諸説あり、「髪飾りをした女性」とする説などがある。
猿田彦大神の妻にして、おかめ(お多福)のモデルとされる女神様。
※『古事記』では天宇受賣命、『日本書紀』では天鈿女命と表記されます。
手力雄命(タヂカラオノミコト)
「天上界でもっとも手の力が強い男」という名前を持つ神。
戸隠神社は、アメノタヂカラヲがご祭神の代表神社。
力の神様・スポーツの神様として信仰される。
※『古事記』では天手力男神、『日本書紀』では天手力雄神と表記される。
能について
登場人物を見ても分かるように、神様が3人も登場するのでとても華やかな能です。
内容もとても明るくおめでたい物ですので、新春を迎えるにあたってぴったりな能の1つだと思います。
最初は絵馬を掛ける場面で老翁と姥のやりとりでゆったりとした雰囲気。
実はこの二人は伊勢の二柱の神に仕える神だと正体を明かして消えます。
そして後半では天の岩戸を再現する様子を、天照大神、天鈿女命、手力雄命の3神が演じ天下泰平の世を神舞や神楽を舞いながら寿いで終わります。
今回は描いていませんが、
能では両開きの扉が付いた「宮」と呼ばれる作り物が置かれます。
それを最初の場面では絵馬を掛ける道具として使い、
後半ではその中から天照大神が登場し天の岩戸に見立てられます。
また、天照大神は流派によって女神か男神か分かれるのも面白いです。
装束について

右の天照大神は
日輪を現した飾りの天冠を着けています(太陽の神なので)。着けていない場合もあります。
下は紗綾型の摺箔に上は白地袷の狩衣です。
普通は白地に見えるかどうかの薄い金の柄が多いようですが、少し前に描いた三輪明神と被りそうな気がしたので派手目な装束に。
柄は木瓜柄が混じった中国的な柄です。
下には八藤紋が入った指貫(さしぬき)という袴です。長い裾を内側にたくし上げて袋状にして紐で調節しています。位の高い貴人や高貴な役に用いられます。
扇には花車が描かれています。

左の天鈿女命は、
月の飾りがついた天冠を戴き、鬘は長い黒髪です。
上には草花の模様が描かれた長絹を着ています。
光琳文様〈コウリンモンヨウ〉を参考に描きました(実際の模様はもっともっと綺麗です(笑))
薄手の水色の長絹は綺麗だなと思っていたので、今回描けて嬉しかったです。
下には緋色の大口袴を履いています。
持っているのは御幣。能の中ではこれを使って舞います。
また能面は天照大神は増女、天鈿女命が小面をモデルにして描いています。ぜひ見比べてみて下さい。
背景は絵馬や瑞雲、結び紐、伊勢神宮の菊花紋をイメージして菊などを取り入れながら新春の華やかさを表現してみました。
今回は構図の都合上描けませんでしたが、手力雄命を入れた場面もいずれ描きたいと思います。
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