能「白鬚」から、白鬚明神です


場所:近江国 滋賀郡小松村鵜川白鬚神社(現在の滋賀県高島市)
季節:春(三月)
登場人物
前シテ 漁翁(老人の漁師の事) 後シテ 白鬚明神
ワキ 勅使(天皇の使者)
前ツレ 漁夫
後ツレ 天女、龍神
ワキツレ 従者
あらすじ
時の帝が霊夢(神仏のお告げが現れる不思議な夢)を得たため、勅使が白髭明神へ参詣する。
一行は漁翁に出会い、仏法結界の地として釈尊がこの地を求めたという縁起を聞く。
「昔々、まだ神代の頃、釈尊が日本へ来て仏法流布の地を相していると、比叡山の麓の滋賀の浦で釣りをしている一人の老翁に出逢う。
この山を譲ってもらうよう交渉したが、老翁は釣りの場所が無くなるからと断った。
すると薬師如来が現れる。薬師如来は先住者の権利で老翁を説得し、釈尊の請を受け入れるように言った。
老翁はこの時以来仏法に転向して、今では白鬚明神として祀られている。」
その老人は白髭明神の仮の姿であった。
深夜、勅使らの前に白髭明神が本来の姿で現れて舞楽を奏する。
そこへ天女と竜神も加わり、天燈竜燈を供えて舞を舞うのであった。
白鬚明神について
この能は滅多に上演されない(解説もほとんど無いほど)大変珍しい演目です。
流派でも、5流派のうち観世流と金春流にしかありません。
出典は「太平記(南北朝時代の軍記物語)」に記されている「比叡山開闢の事」が基となっているそうです。実際に調べてみましたが、釈尊、老人(白鬚明神)、薬師如来と登場する神々も一緒で、上のあらすじとそっくりな事が書かれていました。
この「白鬚明神」は、
現在の滋賀県高島市にある白鬚神社にまつわる神様で、
古くから延命長寿白鬚の神として広く崇敬され、縁結び・子授け・福徳開運など人の世の総ての導き・道開きの神として信仰されてきたそうです。
神社の由緒書などにも謡曲「白鬚」との関わりが書かれています。
http://shirahigejinja.com/ (白鬚神社HP)
白鬚神社は、近江の厳島とも呼ばれる近江最古の大社で、湖中大鳥居という琵琶湖の中から浮かぶように建っている美しい鳥居が有名です。

この美しい鳥居の風景がインスタの投稿等で人気になり、
少し前にも写真を撮影する為に道路の危険な横断が増えて宮司さんが困っていると言う悲しいニュースを見ました。。
肝心の神社の神様よりも鳥居の景色ばかりが注目されているのかもしれません…(T_T)
白鬚大明神(=比良明神)が本来の祭神であると言われているそうですが、猿田彦命が現在の御祭神とされています。
比良明神は「比良山」の神様で、
この比良山地から琵琶湖岸へと下って行くところに白鬚神社があります。
比良明神の人格神が「猿田彦命」とされている説もあるそうです。
能について
この能は神をシテ(主役)とする脇能物なのですが、他にも色々な登場人物が出てきたり、白鬚神社の縁起の話も出てきたり、最後には龍神と天女も登場してと少し分かりづらい内容です。
前シテの老翁が実は後シテの白鬚明神の仮の姿
ワキ(脇役)は天皇の勅使、ワキツレはその従者
前ツレが漁夫、後ツレが天女と龍神の2人となっていますがこの前後は全く別の役。。だと思われます。(ハッキリと明記されていません(^-^;)
あらすじの白鬚神社の縁起の話ですが、
昔々、神代の時代(かみよ、じんだいと読みます)ってそもそもどの時代?と思われるかと思います。
*日本神話で神々が支配していた時代
*天地開闢から神武天皇が即位するまでの時代
これらの時代を神代と呼び、この頃の話だという事になります。
話の中で釈尊(お釈迦様)は老翁(白鬚明神)に山を譲ってもらうよう交渉したが、老翁は釣りの場所が無くなるからと断ると、そこに薬師如来が現れます。
薬師如来は先住者の権利で老翁を説得したとあります。
この部分は、次のように能の中で述べられています。
老翁は「人寿六千歳の始めよりこの山の主としている」
薬師如来は「我 人寿二萬歳の昔よりこの所の主たれど」
老翁は自分は人の寿命が六千歳であった頃から、この山の主であり、この湖が七回干上がった姿を見た。
薬師如来は自分は人の寿命が二万歳であった頃からこの地の主であったが、老翁は自分を知らないようだ と言っています。
老翁よりも薬師如来の方がこの地に先に住んでいたという事で、その特権を利用して説得したという意味です。
白鬚明神は自分が釣りをしたいから釈尊に山を譲るのを断る、というのも面白く、不思議な話ですね。
薬師如来は釈尊にこの地の開闢を勧めます。そして自らもこの山の主となって共に後五百歳の仏法を守ろうと誓い合って、釈尊と薬師如来は東西に去って行かれたという話です。
「後五百歳」とは、釈尊滅後、2千年を経た後に始まる500年の事で、末法の世で仏法が衰え、邪見が蔓延ると言われる時期の事。
他にも仏教の用語らしき言葉が本当に沢山出てくるので、難しいです。
その縁起を語ったあと、勅使は、翁の語る話が詳しいことに驚き名を尋ねます。
翁は、自分が白鬚明神であることを明かし「もうすぐ天女と龍神が来る頃だからしばらく待つように」と言い社殿に入っていきます。
その後に白鬚明神が現れ、「楽(舞の種類)」を舞い、龍神と天女が現れ、天燈竜燈を供え白鬚明神と共に御代を祝福して終わります。
「空からは天女が天燈(ランタン)を、湖水からは龍神が龍燈をささげて現れ、夜明けとともに帰っていった」という逸話が白鬚神社の由来として伝わっているそうです。
装束について

背景は白鬚神社の鳥居、そして琵琶湖の水面を表現しました。
白鬚明神が被っている被り物は鳥兜(とりかぶと)といわれる物です
舞楽を舞う役に用いられ、鳳凰の頭部を象った形を表しています。布地も豪華なものを数種類かぶせて作られているそうです。雅楽などでも似た様な被り物があります。
面は鼻瘤悪尉と呼ばれる面を参考に描いています。
人間を超越した存在を現した面で、神や異国の老人などに使用されます。
「悪」とは悪人などの悪いという意味ではなく、「強い」「恐ろしい」といった意味が込められているそうです。
上には白い袷(あわせ)狩衣を着ています。大きな紋は火焔太鼓、瑞雲などです。少し寂しかったので地に立涌(たてわく)文様が入っています。
腰帯は輪宝の柄
半切袴は細長い葉は芝の紋、丸い紋は何か分かりませんでした。
今回のように上下が白尽くしの装束は初めて描いたので、上下でぼやけない様に変化を出すのが大変でした。もう少し真っ白にしたかったのですが、まだ私の画力では及びませんでした。
まだ白尽くしの演目はありますので、違う表現で描けたらなと思います。
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