能「一角仙人」を描きました。
場所
天竺(てんじく)(インドの旧名)
役名
シテ 一角仙人
ツレ 旋陀夫人
子方 龍神
ワキ 官人
ワキツレ 輿
あらすじ
天竺 波羅奈国の山中に住む一角仙人は、かつて龍神たちと威勢を争い、龍神を岩屋に封印してしまっていた。
以来国土には雨が降らなくなり、国王は龍神たちを解放すべく、国中第一の美女・旋陀夫人を仙人のもとへ派遣する。
道に迷った旅人だと偽り、仙人との対面を果たした夫人の一行。
その美貌に見とれた仙人は、一行に勧められるまま、禁断の酒を口にする。
たおやかに舞って仙人を誘惑する夫人。
仙人はつられて舞を舞うと、酔いの回るままに寝入ってしまうのだった。
やがて岩屋の内が鳴動し、封印されていた龍神たちが姿を現した。
目を覚ました仙人は驚き、再び封じ込めようと戦いを挑む。
しかし既に神通力を失っていた仙人は、剣を抜いて応戦するも、弱り倒れ伏してしまった。
やがて龍神たちは雲を突き破り大雨を降らせ、洪水までだして龍宮に帰っていくのであった。
一角仙人(いっかくせんにん)
一角仙人についての説話は日本では今昔物語や太平記など、
インドではマハーバーラタ(Mahābhārata)という古代インドのサンスクリット大叙事詩に登場します。
リシヤシュリンガ
Ṛṣyaśṛṇga
と、インドではこのように呼ばれているそうです。
インド波羅奈国で鹿から生まれ、頭に角が一つあったと言われます。
般若面でも2本角が生えていますが、こちらの一角仙人の頭の中心に生えた一本の角は般若面よりも異様に感じられます。
あらすじの補足として、
昔、龍神は雨を降らせていると考えられていました。
仙人は或る時、大雨の後でぬかるんでいる道を徒歩で山まで行く途中、足を滑らせて転んでしまいます。
そして、転んだのは龍神が雨を降らせるせいだと逆恨みし、龍神を岩屋に封じ込めたのだと言われています。
普通に考えれば大雨のあとにぬかるんだ道を歩いたのが悪いと思うのですが(^-^;
なぜか仙人は龍神に対して怒ってしまったようです。
龍神が閉じ込められてしまった事でインドに雨が降らなくなってしまい、国民は困り果てます。
そこで国王達は龍神たちを解放しようと旋陀夫人と呼ばれる美しい女性を選び仙人のもとへ行かせる事にしました。
「仙郷では松葉を食べ苔を身に着け、桂から滴る露を舐めて不老不死の身を保つ。酒は飲まない」と仙人は最初は旅人に装った官人からの酒を断りますが、
旋陀夫人が酒を注ごうとすると、好意をないがしろにするのは良くないかと考え酒を飲んでしまいます。
やがて気分が良くなり、旋陀夫人が舞い始めると一角仙人も釣られるように舞い始め、次第に酒が回って足元もおぼつかなくなり寝入ってしまいます。
煩悩の酒に酔いつぶれてしまった仙人はいつの間にか神通力を失い、龍神を封じ込めていた岩屋の封印も解放されたという内容です。
いくら絶世の美女とはいえ、仙人が誘惑に負けてしまうのは正直残念にも感じてしまいます
能として見ると格好良く見えますが、内容を知ると何だか笑えてしまうところもある能です
しかしこの一角仙人は角がある事からも分かりますが、誕生の経緯を辿ると人間では無く、仙人と鹿の子です。その為、神通力は持っているものの、精神面では私たちの思い浮かべる様な仙人よりも欲に傾きやすい脆さがあるのかもしれないなと思いました。
また、詳しくは分かりませんが歌舞伎でも「鳴神(なるかみ)」という演目で一角仙人を基にした話があるようです。
能について
話はあらすじの通り比較的難しくなく分かりやすい内容です
序盤は旋陀夫人が優美な姿で現れ、仙人に酒をすすめる場面や華やかに舞を舞う場面が見られます。
この旋陀夫人は、まるで仙女や女神のような出で立ちで現れるので、最初は人間では無いのかと思っていました。
探してみたところ皇后の次に位する後宮の女性だそうです。身分的に高い位なので豪華な出で立ちなのですね。
輿で登場する場面がとても綺麗です。
官人と旋陀夫人が一角仙人の住む婆羅奈国の辺境に訪れる場面、能の舞台上には木の枝を組んだ庵を模した作り物が置かれており、その中に仙人が居ます。
「柴の枢(戸)を推し開き 立出るその姿 緑の髪も生い上る 牡鹿の角の 束の間も仙人を今観る事ぞ不思議なる」
この謡の後に、その庵の扉をゆっくり開きながら出てくる場面が印象的です
そして後半では岩屋から解放された龍神たちと一角仙人が戦う場面があります。
この龍神は子方(子役のこと)が努めるので、龍神のお役に失礼かもしれませんがとても可愛らしく、小さな体で頭に龍神のお役が付ける龍戴(龍を表す被り物)を付けて舞うのは大変そうです(´▽`)
一角仙人と刀で立ち合う時には2人がかりで良く動きもあるので面白い場面だと思いました。
また、この一角仙人の面はこの能の専用面です。
額の中心に鹿を表す一本の角があり、表情もどちらかといえば怖いので面の中でも特殊に感じました。
これは私の考えですが、この面も般若面と同じように異形の怖さの中に悲しい表情も見えてきます。
能の中では旋陀夫人の誘いに乗った事で神通力を失ってしまい、龍神に倒され、身勝手な行動だったとはいえとても気の毒な役回りです。
また、仙人と鹿の子である事から見かけもどちらともつかない異形の姿のため、この話の前にも苦労する事もあったのかもしれません。
こういった秘められた悲しみも面の中に表現されているようにも感じ、絵のほうも哀愁漂う面になったような気がします。
悪者として退治されてしまいますが、ただの退治物ではなく、どこか仙人に同情してしまう話です
今回描いた絵は、龍神から振り下ろされた刀を受けている場面から描いています。
装束などについて
頭には黒垂を付け、能面は「一角仙人」
中に着ける厚板は格子模様の物も見られましたが、亀甲花菱にしました。どれも紺や茶や灰色など落ち着いた色の装束が多いようです。
上に羽織っているのは縷水衣といいます。あまり位の高くない人物や山伏、老人の役などに幅広く用いられます。
種類もいくつかあり、縷水衣は横糸を荒く搔き寄せた透け感のある生地の事を指すそうです。
この地味な装束の中で目立つのが、腰に巻いている葉だと思います。
木の葉を体に纏っているというような説明があるので、このように腰に巻いた形であったり、縷水衣のあちこちに木の葉が付いていたりと、上演によって違うようで面白いです。
何の葉かまでは分かりませんでしたので、楓の葉のような形をイメージして描いてあります。
背景ですが、舞台は天竺…インドなのですが、
どうしても今のインドのイメージと仙人を合わせるのは難しく(古代インドも中々イメージが湧かず)仙人が住むという崑崙山のようなイメージで描いています。
墨で描いたような雰囲気に近づけたかったので色も抑えめにしてあります。
本来ならば龍はもっと派手に描くべきなのかもしれませんが、仙人が主役なので背後に控えめに描かせてもらいました。
色々みどころが多く、絵になる場面もたくさんある演目なので、また違う場面も描きたいと思います。
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